日常お宝探検隊

30代独身理系男子が、幸福の最大化を目指して努力するけどそもそも方向性が間違ってるブログ

北インド旅行記vol.5

思ったより(思った通り?)ブログが長くなってしまいましたが、これで完結予定ですw

最後はさっくりまとめます。

 

さらばバラナシ、いざ行かんジャイプールへ

様々な刺激とインド的興奮を与えてくれたバラナシの3日間の滞在時間も、あっという間に過ぎてしまった。正直、もっとゆっくりしたい気持ちに後ろ髪引かれながら、朝からオートリキシャーに乗り込み、移動を開始した。

今度は飛行機で。

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デリー~バラナシが約800kmの道程、バラナシ~ジャイプールもほぼ同じ移動距離にも関わらず、移動時間は電車と国内LCCで10倍程異なった(待ち時間含めると20倍くらいか・・・)。

悪い事は言わない、インドで効率的な移動をしたかったら、電車はチョイスすべきではない。そもそも、効率を求めるならインドに来たいなんて思っちゃいけないのかもしれない。

 

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こうして効率的に辿り着いたジャイプールという街だが、またの名を「ピンクシティ」というらしかった。なぜなら、多くの建物の色がピンクだからだという事だったが、色合いに風化でどう控えめに見てもピンクには見えなかった。

 

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写真はアンベール・フォート。

ジャイプールには、この他にもいくつかの観光名所があるが、正直僕はあまりこの街を楽しむ事が出来なかった。

 

なぜなら、観光しながら、完全に発熱にやられていたからである。

 

 

 

最終日近くになってようやく来た最大の観光名所

ジャイプールには一日しか滞在せず、やはり回復しきらないままの体調のまま、また早朝電車に乗り込みアーグラに向け出発した。

 

アーグラに来た目的については、あまり説明の必要はないだろう。

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言わずと知れた、タージ・マハル。

どこかの時代の王様が、最愛のお妃のために国の財政が傾く程の財をつぎ込み完成させた執念を感じる巨大な墓標。

病的なまでに白く、シンメトリックな建造物は、噂にたがわぬ程美しい迫力を発していた。

 

 

そして、帰路へ

色々なトラブルがあり、どうなるか心配だったインド旅行も、タージ・マハルまで辿り着き、無事この目にする事が出来た事で、かなり肩の荷が下りたような安心感があった。

この後は、アーグラ在住の知人のインド人と会い、デリーに戻りもう1日観光した後、日本への帰路についた。

 

この旅、中盤の盛り上がりが個人的にすごく、終盤は慣れもあってか、かなり予定通りに事が進んでしまったため最後にカタルシスでまとめる事が難しくなってしまいましたw

 

ただ、本当に個人的な事だけど、ずっと行きたいと思っていたインド一人旅行に来る事が出来て、本当に良かったし、自分の財産になったと思う。

 

20代の頃のように、インドに来る事で世界感が変わった、なんて事は正直30代の僕にはなかったかもしれないけど、それでも底抜けのエネルギーを感じる事は僕にもできた。

 

この旅行記が誰に読まれるかは分からないけど、もしインドに旅行にいきたいと思いながら、色々な理由でいけない人がいるのなら、この文章で少しでも背中を押す事ができればと思う。

何が起こっても、たぶん大丈夫。

 

This is india.

Everything is possible.

 

 

なのだから。

 

それでは、長い旅行記でしたが、読んでくれた人がいたらありがとうござました!

 

 

 

 

P.S.

体調ですが、飛行機で日本に帰ってきた瞬間に全快しましたw

やっぱり、病は気からなんですかね~(笑)

北インド旅行記vol.4

ガンガー沿いのガートはなんだかとってもフォトジェニック

とある旅行写真家が、バラナシという土地を指して「インドの8割くらいが凝縮された街」と言っていた。

すでに、インドを何周もしているようなエキスパートのいう言葉をそのまま理解するような経験はないまでも、この土地を一度でも歩いてみれば、なんとなくその真意が理解出来てくるようで不思議だ。

なんだかとっても、どこを切り取っても、「絵になる」のだ。

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f:id:look-up_everyday:20180221210053j:plain つい、動物の撮影比率が多くなっている。。。

 

 

ルドラ ゲストハウス

今回のバラナシ滞在中の充実度を語るにあたり、この宿を紹介しないわけにはいかない。

元々、インド旅行経験者の友人の紹介で訪ねた宿だったのだが、街のおススメポイントや観光アドバイスなど、本当にものすごく良くしてもらった。

 

皆さんもバラナシに行く際には、是非利用して頂きたいので宣伝を挿入しております。

ただ、紙面の関係で、詳しい情報は他のブログさんに譲りたいと思います。

ホントにアットホームでおすすめです!

バラナシでおすすめの日本人宿”ルドラゲストハウス” – Animal Traveler

 

 

 

バラモンの祈り

バラナシで毎夜大音量の中行われる、「プージャ」と呼ばれる宗教儀式がある。

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インドの旧い、しかし今も尚その影響を色濃く残す階級制「カースト」の最上位「バラモン」に属する司祭たちにより行われる神への礼拝の儀。f:id:look-up_everyday:20180221212546j:plain

大音量と、高照度の灯りの中、毎夜の営みは粛々と行われていく。

 

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トランス状態に入ったバラモンも、それを見つめる一般大衆も、とにかく皆フォトジェニック。すごく絵になる。カッコイイ。 

 

 

 

そしてまた、朝が来る

そうした夜の狂乱にも似た日常から一夜明ければ、またバラナシの美しい朝がやってくる。ようやく、朝のバラナシをゆっくり観光する事ができた。

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早朝からボードに乗ってガートを撮影。

 

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やはり埃っぽくはあるが、なぜか美しいガンガーの朝日。

 

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すぐ上流で今日も遺体が荼毘に付され、母なるガンガーに還る中、今日も変わらず仕事をし続ける、洗濯カーストの人々。

本当に、すぐ近くで火葬が行われているのだが、その儀式にレンズを向ける事が難しい事だった。

 

こうしてその美しさに何度もシャッターを切ってしまうガンガーだが、ご存じの通り、その水質は世界でもトップレベルの汚さだ。

長年垂れ流されてきた生活排水、工業排水、ゴミ、遺体・・・。

免疫の弱い日本人なら、入っただけでK.O.されてしまうレベルの場所で、洗濯などして大丈夫なのだろうか?

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 そんな事言いつつ、ガンジス川でバタフライ・・・が出来ず、クロールする私。

ついやってしまいましたw

ここから出た後、たまたま通りかかった日本人に偉く変人扱いを受けてしまいました。

まあ、記念だからいいでしょう。

 

 

 

 

ちなみにこの時ももちろん、体調は全快していなかったわけだが、

その翌日、38℃以上の高熱がぶり返した事に関しては、本件にはなんら関係がないものだと僕は考えている。

北インド旅行記vol.3

インド鉄道事情

デリー3日目は、日中にお決まりの観光ルートを進みながら、やはり「人の森」感に圧倒されて過ごした。

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この日はいよいよ、デリーより800km東に進み、聖地バラナシを目指す予定だった。

前の日記の通り、ネットですでに寝台列車のチケットを予約していた僕は、予約時間が近づくにつれ、ある期待感が膨らみつつあった。

 

(一体、どれほど列車が遅れるものなのだろうか?)

 

言うまでもなく、日本の電車の運行時間の正確さは世界のクレイジーである。

日本以外の列車の運行時間に、日本のような正確さを求める事は、いささか見当違いと言っても過言ではない。

しかもここはインド。何分単位というケチな話ではない、数時間単位での遅延は当然の土地らしい。ここは何があろうと、受け入れるしかない場所だ。

 

とは言え、最近のインド列車事情をネットで見る限り、ちらほら定刻で発車する、なんて記事も見かけていた。SIM購入の際にも感じたグローバリゼーション、もとい近代化の波が、インド列車にも来ているのかもしれない。

 

いずれにせよ、それらの状況を加味して僕が予約した夜20:30発、朝8:30着のチケットであれば、少なくとも明るいうちにバラナシに着く事は可能であろう。

 

 

などど考えていた僕の浅はかプランを、インド鉄道事情は清々しいほどにあっさりと打ち砕いてくれるのだった。

 

発車は結局、翌朝4:30。。。 f:id:look-up_everyday:20180203100751j:plain

 

深夜特急」気分のつもりが、「早朝特急」

 インドでの鉄道初乗車となったが、車内は予想よりは快適で、予想を超えない程にはやっぱり汚ないという印象だった。

僕の取った2Aクラスの席では一区画に4人が乗車し、2段席が向かい合う形で構成されていた。乗り合わせた他の乗客は、もちろんインド人だったが、彼らは席をコンセントのある席に代わってくれたり、食事の席を譲ってくれたりと、本当に親切だった。本当に、親切だった。

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この旅の大きなイベントの一つとして考えていたインドでの鉄道乗車ではあったものの、車内での事を一言で言えば「暇」に尽きた。

何せ、なにもやる事がないのだ。

スマホがあれば暇つぶしに事欠かないと考えていたが、この時なぜか通信不能な状態となっており、車内で僕に残された暇つぶしは寝て体力を回復する事だけだった。

後になってみれば、広大なインドではその州によって通信会社が管轄する範囲が変わっており、「データローミングをON」にすれば普通に使える事が分かったが、この時は

追加料金の発生が怖く、試す事ができないでいた。

 

 

そしてこの事が、後の恐怖体験に繋がるのだった。

 

見知らぬインド人についていく

結局、8時間程遅れて出発したこの鉄道は、運行中にさらに4時間遅れ、合計で12時間程の遅延を持って、目的地バラナシに着くとの事だった。

12時間・・・。

朝8:30に到着し、丸一日観光を考えていたのに、夜20:30着・・・。

貴重な観光時間がガッツリ削られてしまった事はさておいても、駅からガンジス川近くの街まで夜タクシーを捕まえて宿を探さなければならない事は、いささか億劫だった。

何せ、スマホが使えないのだ。

タクシーをどこで捕まえるか、宿をどうするかも、口コミを当てにするわけにもいかない。

こういう時、自分は本当に現代人だなと実感するが、普段当たり前に使っているものが急に使えなくなれば、ほとんどの人間は同じような不安にさらされるように思う。

もうこれは、状況に慣れる他方法はないのだ。

 

そんな切実な覚悟を決めて、目的駅への到着を待つ僕に、一人の20代後半から30代前半と思われるインド人男性がこう話かけてきた。

「宿は決まっているのか?俺の兄貴がホテルで働いているから、紹介してやるよ。なんなら、駅まで迎えに来てもらってもいい」

そのインド人男性(ジョーイというらしい)は、自分はレストランを経営していると言って、インスタグラムで経営する店の写真を見せてきた。

 

正直言って、渡りに船な申し出だった。

しかし、僕はこの申し出を信用していいのか、全く分からなかった。

断れば、真っ暗な異国の知らない土地でどこにいるかも分からないタクシー運転手と交渉し、予約も出来ていないホテルを徒歩で探す事になる。

・・・そんな事をする事も、この申し出を断る事も、すべての判断を正常にするためには、僕はあまりにも疲れていた。

そうして僕は、このジョーイというインド人の申し出を受け、彼の兄と名乗る見知らぬインド人に身をゆだねる事になった。

 

 

バラナシの夜

12時間の遅延の後、夜のバラナシに鉄道は到着した。

ジョーイと共に街に出るとの話だったが、駅から出ると彼の兄を名乗る人物(ゴルーといった)と共に、明かな白タクに乗り込まされ、当のジョーイはイカしたロイヤルエンフィールド(インド製のクラシックバイク)に乗って姿を消した。

 

夜のバラナシの道中を一言で表すとするならば、世紀末都市と僕は言うだろう。

 真っ暗だというのに、夜の街はとんでもない騒音と共にお祭り騒ぎが起こっており、交通状況は壊滅的カオスであった。

そんな街を見知らぬインド人と共に、彼のチャーターする白タクでひた走っていく。

やがて、ある交差点で白タクから共同のオートリキシャに乗り換えると、その後徒歩で暗い路地裏の道に案内される事となった。

 

僕はこの道中、「もしこのまま襲われて身ぐるみ剥がされる事になった時、どうようにこのゴルーを殴り倒し、人混みの中に逃げ込むか」という事を一心に考えていた。

 

 

 

 

 

結果から言えば、案内されたホテルはひどくまともで、彼は普通に観光客相手に宿の斡旋をしているだけの、ただの良いインド人だった。

・・・ごめんよ、ゴルーさん。

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バラナシの朝

朝、目が覚めると、自分がインドに居る事に気が付く。

ここ数日、毎朝同じような事を感じていた。

そして自分がバラナシに着いていた事を思い出し、昨晩真っ暗な中到着したホテルの周辺を見ようと朝の散歩に出かける事にした。

何せ、まだガンジス川(ガンガー)すら見ていなかったのだ。

 

夜とは雰囲気のガラリと違う路地裏をほんの少し歩くと、すぐにガート(ガンガー沿いの階段)に抜ける事ができた。

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ガンジスの朝は、昨夜までのカオス的混乱から回復しきらない僕の心から感動を引き出すのに、およそ十分なパワーを持っていた。

 

ガンガー沿いに視界の吹き抜けたた古い石作りのガート。

埃っぽいはずなのに、なぜか冷たく新鮮に感じる朝を空気。

朝日が、ガンガーと自分の頬を照らし、その日一日の生命力が注ぎ込まれていくような感覚。

 

すべてはガンガーに還る。

 

バラナシ最初の朝は、面食らったように美しいものだった。

 

北インド旅行記vol.2

早くもホテルから出たくない病&思ったより見当たらない日本人観光客

外の喧騒により目が覚めた僕は、自分がインドにいる事を思い出した。

今日から翌日の寝台列車の時間まではデリーを自由に観光する予定となっている。

しかし、予定らしい予定も、今日の宿も決まっておらず、ガイドブックを開いてみるものの、どのように行動すれば失敗しないのか、そのような事ばかり考えていた。

 

無計画に外に出れば、街の歩き方も相場も分らない日本人を食い物にしようと際限なく話しかけてくる嘘つきインド人たち。無限回廊とも思える程長く、汚物が散乱する、埃っぽい安宿街のメイン・バザール。熱は下がりつつあったが、あまり改善しない体調。

インドに着いて2日目、早くも僕は勇気を挫かれかけていた。

 

そうは言っても、チェックアウトの時間は待ってはくれない。

(初日の宿の料金は割高で、連泊を避けたかった)

僕は自らを奮い立たせ、あらん限りの情報を頭に詰め込んだ後、気合いを入れて次の宿に向かった。

 

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本当は、有名な日本人宿(サンタナ ゲストハウス)に行き、情報収集をするつもりだったが、僕が中古で買った3年前ほどのガイドブックの地図に示された場所に、目的の宿が見当たらなかった。

このため、普通のホテルにまたチェックインしたわけだが、いよいよ日本人に会わない。

 

シーズン・オフとは言え、バックパッカーの聖地インドの首都デリー。

よもや、ここまで日本人がいないとはやや計算外であった。

そこまでして日本人に会いたいか?と言われると、個人的にものすごく会いたかった。このカオスのインドについて、チュートリアルをしてくれる同郷の存在を強く欲していた。

どこにいけば、日本人に出会えるだろうか?

 

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ここに居ましたw

ニューデリー駅2Fにある、外国人専用チケットカウンターである。

最近になり、インターネットでもIRTCT(インド国鉄)のアカウント登録さえすれば比較的簡単に鉄道の予約が出来るようになったものの、ここでは、現地のインド人とは別に外国人枠のチケットが購入できる重要な場所として旅行者に有名な拠点である。

(インドの列車は日本とは異なり、ほぼ完全予約性となっている。加えて、予約のキャンセル料が安いために現地人がボンボン予約をいれ、ウェイティングリスト(WL)と呼ばれる順番待ちが100人単位で発生する。しかも、WLの席確定は発車直前でないと分からない)

 

ネット予約により、僕はここにくる必要はなかったが、事前調査で調べていたためニューデリー駅2Fにあるカウンターの中に興味本位で入ると、1人の日本人観光客を見つける事ができた。

 

ようやく、インドで知り合った日本人第一号である。

埼玉から来たという27歳の青年と、そのままコンノート・プレース~インド門~オールド・デリーとデリー観光をしながら、インド旅行の手ほどきを受けた。ここに来て、インド初カレーだったが、ものすごく旨かった事を覚えている。

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人の森の中

暗くなるまで青年と行動を共にした後、初めてのサイクル・リクシャーワラーとの交渉を行い宿へ戻った。

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痩せ細ったリクシャーワラーの力強いペダリングと、熱気を感じる背中、そして周囲のクラクションや騒音から自分の存在をアピールするための、意味不明の叫び声。

(自転車のベルを鳴らすような可愛いアピールはインドには存在しないように見えた)

 

あまりの現実離れした感覚に、この薄汚れたリクシャーワラーに敬意のようなものが芽生えつつあるのを感じていた。

 

そうして20分程で指定の場所に着き、約束の80ルピーを支払おうと100ルピー札を渡すと、媚びた笑い顔を向けお釣りを返す素振りを決して見せなかった。

 

 

ああ、インド。

これが、インド。遥かなる天竺にして、俗なる土地よ。

旅行記はまだ続く。

北インド旅行記vol.1

「人の森」、インド。
インドに行ってみよう、と思い立ち、ガイドブックを開いた自分の目の前に飛び込んできたこの言葉は、折に触れて僕に深い納得を与える事になった。

 

モンスター勇者

2017年11月。
季節外れの完全自己都合有給休暇を「モンスター社員連休」と命名し、僕はインドへ旅立つ事となった。

 

「なぜわざわざインドになんか行くの?それも一人で」

旅行に行く前、何度か受けたこの質問に対し、大体2パターンくらいの回答を用意していた。
「インドを知る男になりたかったから」
「インドに行けるか、行かないか?という選択肢があった時、行くという選択が出来る人間でありたかったから」

 

・・・という、自分としては格好良いと思われる言葉を並べてみたものの、私にその質問をしてきた人が「なるほど」と納得してくれる事はほとんどなかったように思う。
これらの言葉は、どちらも自分にとって真実だ。

だけど、一人旅という行為そのものが理解できない人(もしくはそんな事する奴は頭がおかしいのかと思われているのかもしれない人)に対し、インドに行くモチベーションの話した所で、理解を得られない事は当然の事なのかもしれなかった。

 

だけど、どうしても僕はインドに行かなければならなかった。
それはおそらく、僕の中にある「バックパッカー」としての信仰心のようなものが、その聖地を求めていたのだと思う。
あるいは、あるRPGの勇者が、魔王を倒しにいくみたいに。

 

熱に浮かされてインド

成田空港を出発しておよそ18時間後、首都ニューデリーの近郊、インディアラ・ガンジー国際空港に無事到着した。
「熱に浮かされて」といったところで、それはインドへの情熱とか、憧憬的旅情とか、そういう比喩では一切ない。

実際にはこの出発の前日、平日の会社勤務を終えた僕は突如として38℃に近い知恵熱に襲われていた。

突如とは言っても、数日前から風邪気味だったわけだが、酷くならないよう、考えられるあらゆる手段を講じ、悪化しないようケアを尽くしていたはずだった。

しかし、面白いもので、ここ2年熱など出していない僕に、考えられる限り最も「最悪」なタイミングで、それはやってきた。

 

夜、仕事から戻ってきたら、寝ないで朝3時の高速バスに乗り込む計画。

医者に行くタイミングは、ない。

 

僕はこの時ほど、「お前はどういう人間か?」と何者かに問われる事もないと感じていた。

「Are You Cool, Or A Fool?」

 

 

僕がどちらの人間なのかは、確認するまでもない事だった。

 

ただひたすら、重篤なウイルス性感染症でない事を、普段一銭の喜捨もしない神に祈るばかりの移動時間。機内食のカレーを貪り食べる。

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しかし、あまり改善しない体調とは裏腹に、空から見えた異国の景色と、空港ゲートを超えた瞬間の「インド感」に否応もなしに旅人としてのギアを上げる事になっていた。

 

 

30代のリスク・マネジメント

さて、皆さんがそれほど良くは思っていないインドの旅行事情の中で、最も注意を要する所はどこなのだろうか?


答えは、国際空港からニューデリー駅周辺の安宿街まで出るまでのインド上陸から一番初めに通過しなければならない道中である。

空港からまずデリー市内を目指すにあたり、交通手段が豊富にある。
空港バス、タクシー、メトロ。

ただし、前情報なしに目的地のニューデリー駅前の安宿街に辿り着ける旅行者は、かなり旅慣れたエキスパートだけだといっても過言ではないだろう。

なぜなら、上記交通機関のルート上すべてに、インドの洗礼が存分に待ち構えているからである。
具体的には、日本で良く聞く「嘘つきインド人」の存在だ。

彼らは、インドになれない日本人旅行者に対し、朗らかな態度で近づいてくる。
不安で哀れな我々は、現地での優しさに神に感謝し、彼らの言うままにいつの間にか高額旅行ツアーを組まれている・・・というのがインドで最も良く聞く典型的な詐欺の手口である。

さて、齢30を過ぎてしばらくの僕は、自分に対し過大な期待はしない方が良い、と常に言い聞かせている。
いくら国内で旅慣れているとはいえ、かなりの旅行者が前情報を持っているのに引っかかる典型例に、僕が引っかからない道理はないと言って構わない。

 

そこで私は、金を使い、安全を買う事にした。
具体的には、初日のホテルから空港送迎オプションを頼み(もちろん、日本語対応)、タクシーをチャーターしたのだった。

 

思ったより快適インドSIM

初日のホテルに着いた後、1万円程をルピーに両替した。

空港でももちろん両替は出来るが、レートや評判がかなり悪い(レートが1割程悪く、別に1割程のルピー札が抜かるなどの噂)。インドでの両替事情は、ホテルや両替所を頼る事が一般的だそうだ。

そして記念すべきルピーでの初買い物は、現代の旅行者よろしく、ホテル隣のケータイショップでのプリペイドSIM(Vodafone)だった。

このインドSIM、500ルピー(1ルピー≒1.8円)で28日間1GB/日の通信が出来き、チャージ内でインド国内通話も可能だという。もちろん、SIMフリースマホの準備は必須だけど、これから10日間ほど滞在するにあたって、1000円しないで自由な通信環境が手に入るなんて快適すぎる。おいおい、ホントにここはインドなのか??これがグローバライゼーションの風なのか?!

 

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・・・と思ったけど、SIM購入~アクティベーションまで半日かかると言われた。

やっぱりここは、インドだった。

 

 

インドトイレ事情

そうして、ようやく部屋に到着した時には、もうかなり限界だった。

前日までの通常勤務、突然の発熱、ほぼ不眠で韓国transfar込みの15時間のフライト、慣れないインドの空気。これで限界でないなら、会社でモンスター社員などやってはいないだろう。

 

しかし、何も考えずベッドに倒れ伏すにはまだ早い。

私にはまだ、やらなければならない事があるのだ。

 

インドのトイレで寝るハメに!? | 格安旅行情報ブログ:りり記

(トイレの写真、取り忘れましたw)

 

やらなければならない事に、具体的な説明はよもや必要ないだろう。

これも有名な事であり、かつインド旅行への大きなハードルとなってくる事ながら、インドのトイレには紙がない。代わりに、必ず(といっていいほど)あるものは、「水道」と「手桶」である。

インド式トイレ作法としては、この手桶に水を入れ、右手で持ち、左手でお尻を洗い流すシステムとなっている。

ただし、この方法を日本人旅行者がいきなり実践する事は不可能に近いと言っていい。

なぜ、そう断言できるか?詳しくは説明を省くが、

一度でもトライしてみればよい。

 

実際には、我々のような外国からの旅行者の多くは、トイレットペーパーを持参している。

ただ、これでもまだ困るのは、現地の排水状況についてだ。このトイレは、紙を流せるのか?以前、台湾では紙は近くのゴミ箱に捨てた記憶があった。

 

この判断については、以下の基準がとても参考になる。

①  トイレットペーパーがある&近くにゴミ箱がある⇒ゴミ箱に捨てる。

②  トイレットペーパーがある&近くにゴミ箱がない⇒流せる。

 

これ、絶対テストに出るから覚えておくように!ただし、多量の紙で容易に詰まるらしいので油断はできない。

ちなみに、僕の初日のホテルのトイレはゴミ箱は便器から1m以上離れた洗面記の下に置いてあったわけだが、どのような忖度をしたかはご想像にお任せしたいと思う。

ちなみに、以降のインド旅行においては、②のケースがほとんどだったので、考えていた程トイレで困る事はなかったといえる。

 

いくぶんかの混乱はあったものの、インド初日の夜はこうして過ぎていったのだった。 

ブログ開設から1年!最終更新は1年前・・・

ああああああ・・・・・

やはりこうなったか。。

 

気合いを入れてブログを始めてみたものの、気合いを入れすぎると続きゃしませんね。

とはいえ、せっかく作った場なので、やはり何か自分の中で大きな事をした時は思い出したように発信したいなと思ったりするものですね。

 

この1年の間にも、そこそこネタが沢山あったような気がするので、出来れば更新したい!いや、する!

・・・と、自分に発破をかけて頑張りたいと思いますw

 

とりあえず、取り急ぎ。

 

小笠原諸島(父島)旅行記vol.2

長くなったので、2部構成にしました。一応、完結編の予定ですw

さっくり書けるといいのですが・・・

 

小笠原の朝

2日目は、昨日仲良くなったメンバーに誘われ早朝から車を出して頂き、朝日を見に出かけた。

話によると、島の全体を中心部から見渡す事が出来る中央山見晴台が絶好のスポットとの事だった。こういう情報というのは、本当にありがたい。

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 実際には、昨夜の晴天は残念ながら続いておらず、水平線には厚い雲がかかっていたのですが、雲をすり抜けて結構お気に入りの写真が撮れましたw

 

本来、こういう朝ツアーや夜のツアーは島の観光協会でも有料で企画している所でしたが、タダでこれたのは本当に運が良かったなあと思います。旅先での人の優しさに感謝感謝。

 

 

2日目,3日目は終日ツアー参加

本来、僕はあまりツアーの参加を好んでするタイプの人間ではありません。

一人で自由に、あれこれ回って楽しむスタイルを取るのが常なのですが・・・小笠原に限ってはそうも言っていられない事情がいくつかあった。

 

小笠原を1航海分で過ごす場合、実際に終日空いているのは2日間しかない(後は、入港日と出港日にそれぞれ半日、計3日間なのだ)。

 

本来、小笠原諸島は当然父島だけでなはなく、母島・兄島・弟島・南島など、30を超える属島で構成されている。この中で一般の旅行者が上陸できる島は父島から50km離れた母島、ツアーで行ける南島くらいなものらしい。

 本当は、上陸可能な母島にも行ってみたかったのは山々だったのだが、1航海分では残念ながら日数不足・・・(ただ、2航海分では2週間ぐらいの旅行スケジュールになってしまう)。

また、小笠原の森のレジャーは、固有種などの保護などの観点から、目的地に行くまでに資格を持つガイドの案内が必要となるためツアーへの参加が必須となる。

言うまでもなく、海のレジャーは参加しなきゃ勿体ない。

 

そんな事情から、空いている丸2日間は終日ツアーに参加する事が最も妥当であろう、という結論になったわけです(我ながら面倒くさい説明だ)。 

 

 

ハートロックトレッキングツアー(2日目)

ツアー参加の言い訳が長かったのであっさり写真紹介を基本に(笑)

父島の南端にある千尋岩(海側から見ると地形がハートに見えるからハートロックと言われる観光名所)に、森を抜けてトレッキングしていく、というツアーです。

小笠原の自然が満喫できる事請け合いですw

オガツアー 

 

外来種防止対策マット。

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最後尾からのツアーショット。

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絶壁に目をやれば「ノヤギ」

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小笠原固有種「タコノキ」

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朽ちた軍事車両

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外来種だけど無駄な神聖さ「ガジュマル」

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辿り着いても陸側からは全くハートに見えない「ハートロック」

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ドルフィンスイム&ホエールウォッチ&南島上陸ツアー(3日目)

 このツアーでは、ウェットスーツ&シュノーケリングセットを装着し、イルカの群れの中に潜って一緒に泳ぐ「ドルフィンスイム」と、ザトウクジラを探す「ホエールウォッチング」および、1日入島が100名に制限される神秘のガラパゴス無人島「南島」に上陸するという海のてんこ盛りプランとなっていました。

 イルカ・クジラ南島ツアー|小笠原でのイルカ・クジラツアーなら小笠原観光有限会社(旧父島タクシー)

 

こちらも写真を中心にしますが、ドルフィンスイムは1枚も写真撮れず・・・防水Go proがあればと惜しまれます。。イルカちゃん、ものすごく近くを泳いでくれました。感動・・・。 

  

ザトウクジラの潮吹き。

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 潜水直前を激写。

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[悲報]南島周辺のみ波が高く上陸できませんでした・・・。

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サメか?!・・・いや、イルカちゃんだ💛

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キリモミ回転でジャンプ。より水面に強く波紋を作った雄が魅力的なんだそう。

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最終日は自由行動&熱烈出港お見送り

4日目の最終日は、出港受付が14:30くらいとなるため、半日以上の時間があった。

この時間に原付で、父島内の行き損ねた砂浜や戦跡、食堂などを島の景色を目に焼き付けるように割合ゆっくり巡りました。

 

実は、小笠原では国産のコーヒー豆を栽培しているらしいです。

とは言え生産量は少なく、国内での流通割合0.001%というほぼ誤差みたいな激レア具合w

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 そしてついにその時がやってきました。

わずか3日程度の滞在でしたが、日常から離れたガラパゴス諸島ととうとうお別れの時です。

ゲストハウスで一緒だったメンバーの帰任組とともに、宿のスタッフさんにお見送りされて3日ぶりの「おがさわら丸」へ。

船内から見下ろす港では、沢山の島民の皆さんの別れを惜しむ声が聞こえる。

そうして長い汽笛が鳴り、おがさわら丸は父島を離れていった。

自然と島との別れを惜しむ気持ちが湧き、遠ざかる港を目で追いかける。

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 ただし、もう引き返す事は出来ない。

僕たちは、日常へと帰っていくのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・と思いきや。

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向こうからやってキター(笑)

 

 

有名な事だが、これが小笠原流「お見送りの儀」というわけだ。

とは言え、お見送り船は天候の良い日にしか許可が出ないらしく、この日はとても幸運なタイミングだったようだ。

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 「お見送りの儀」は想像していたよりも長く、しばらくの間フェリーに並走する船は途切れなかった。

彼らの出港者に対するこの熱の入ったお見送りには理由がある。

 

旅行記の冒頭にも書いた通り、小笠原行きのフェリーはこの一隻しかない。

そしてほとんどの観光客は一航海分の旅程で島から出て行ってしまう。

つまり、旅行者が居なくなった島は、次にこのフェリーが再び入港する丸3日後まで、完全に人の出入りが閉ざされてしまうのである。

 

ゲストハウスで一緒だった長期出張で何航海分か島にいた方曰く、本当に出港後の島は静からしく・・・(大体の港町の店は、出港日翌日にはお休みになるらしい)。

上記のような理由から、島民のみなさんの、ひとかたならぬ熱の入りようには思わず納得してしまうのであった。

 

 

本当に楽しい、濃厚な旅だった。

ありがとう、小笠原!また来たいと思うくらいステキな場所だったぞ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[オマケ]来るか?!幻のグリーンフラッシュ

皆さんは、「グリーンフラッシュ」という現象を耳にした事があるだろうか? 

グリーンフラッシュ - Wikipedia

 

僕は小笠原に来て初めて聞いた。

なんでも、夕日が水平線に姿を消す瞬間、太陽光が一瞬緑色に発光するという現象が小笠原では良く観測できるという話なのだ。

 

残念ながら、滞在中の夕方は水平線上の雲の影響で目にする事が出来なかった。しかし、帰りの船上での天気は良好。小笠原周辺での最後の目撃の希望があった。

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もうちょい・・・。もうドライブモードでデジカメを連射させるしか出来る事はない。

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・・・?

あ、あれれ???!!!

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・・・かなり分かりにくいけど、これもしかして撮れてませんかね???

正直、見れなかったか~と諦めていたのですが、家で写真整理しながらよくよく見てみるとなんだか緑色をしているような・・・。

 

 

 

 

 

ああ~~~!わからん!

本物かどうか確かめる方法は一つ。

 

 

 

この記事を読んでくれたあなたが、次は小笠原に行って自分の目で確かめてみてください!

 

 

 

それでは、結局長い旅行記となってしまいましたが、最後までお付き合い頂きどうもありがとうございました!